印章の素材となる「印材」は、印章の品質と耐久性を左右する最も重要な要素です。伝統的な木材系から現代的な金属系まで、幅広い印材があり、天然素材ならではの温かみを持つ柘や黒水牛、象牙、圧倒的な耐久性を誇るチタン、美しい輝きが魅力の宝石系印材など、ご用途やお好みに合わせてお選びいただけます。

瑪瑙(メノウ)・虎目石・翡翠・ラピスラズリ・オニキス・ロードナイトなどがあります。古代から西洋東洋を問わずお守りや魔除けとして鉱石を用いてきました。自然のエネルギーが様々な作用をもたらし、幸運を運んでくれたり願いを叶えてくれる神秘性が昨今人気を集めています。

青田石・巴林石・寿山石・昌化石などがあります。殆どが中国で採取されます。篆刻印材は、その産地によって名称が異なり分類されています。なかでも寿山石は中国全土産出量の約9割を占め、材質面でも高い評価を得ています。流通量が多く安価なのは、青田石と巴林石で、昨今の絵手紙や篆刻ブームもあり石の印材も多く使われるようになりました。

白水晶・紫水晶・紅水晶・黄水晶などがあります。水晶の歴史は古く縄文時代やマヤ文明時代から使われていたとされています。用途は「はんこ」に留まらず、美術品やアクセサリーなどにも多く使われています。昨今では「パワーストーン」としての神秘性が注目され、人気を集めています。

捺印性・耐久性で他の印材とは一線を画し、印材の中でトップクラスの耐久性を誇ります。適度な重さがあるのできれいに押印ができ、水洗いも可能なため、簡単に手入れしたい人にもおすすめです。錆びにくく、一生物の印章として最適な現代的な印材です。
印章は、個人の意思表示や法的効力を証明する重要な役割を担っています。個人・法人を問わず、用途に応じた様々な種類があります。
また、実用的な印章以外にも、芸術・文化的な側面を持つ印章や、絵手紙や年賀状などに自由に楽しむ印章、書籍の所有者を示すための印章など、日本の文化を彩る重要な要素にもなっています。
印章の歴史は実に六千年におよびその発祥は、紀元前四千年前、メソポタミヤ文明(現在のイラク地方、世界で最初に生まれた文明)とされています。それは円筒印章と呼ばれるもので、円筒形の石や骨などの側面に絵や文字を刻み、それを粘土の上をころがして使用するものであったと考えられています。その目的は、認証という目的以外に、円筒印章は中心にひもを通して首に懸けるようになっており、これを身につけているのが高い地位だったらしく、権威と権力を示す意味もあったと言われています。
メソポタミヤ文明で発祥した印章は、エジプト文明へ、また、インダス・中国文明へと伝播し、特に中国では最も発達した形で使われるようになります。
中国では今から約2,200年前、秦の時代、始皇帝が中国の統一を果たし度量衡を定め、文字の統一を行い(篆書体(てんしょたい)が作られ)、官印の制度(印章制度)を定め、印章も篆書体で彫刻されて、以来今日もその基本になっています。 ところで何故「印章」というのか…、それは皇帝の使う印章に「璽」の文字を使い、臣下の使う官印や私印を「印」、丞相や大将軍の印を「章」と呼びました。それから「印」と「章」を合わせて「印章」と呼ばれるようになりました。
漢時代に更に印章が盛んになり、皇帝から官吏や将軍に信証の具として授けられ、また諸国の王にも贈られました。天明四年(1784)福岡県志賀島で出土した「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」の金印(国宝)も、後漢の光武帝より授けられたものです。中国で発達した印章は、飛鳥時代に聖徳太子による大化の改新後、遣隋使を通じて中国の様々な文化と共に日本へ渡来しました。そして大宝元年(701)大宝律令が制定され併せて印章制度が定められ、官印が中央政府により鋳造され、国内に頒布されることとなりました。書体は篆書、隷書のいずれとも異なる独自のもので、まさしく倭古印体の起こりと呼ぶにふさわしいものでした。
「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」の金印
外国との交易が盛んに行われるようになった鎌倉時代に入りますと、中国(宋)から渡来してきた禅僧たちの影響を受けるかたちで、落款印(書画への印)、筆者印などが流行し、戦国時代に入りますと印章はさらに新しい展開を見せ、武将たちが印文に趣向をこらし、権力や威厳を表現しようとしました。 江戸時代には明人により篆刻の技法が伝えられました。この時代、行政機構の整備による文書制度の確立や、商業の発達による帳簿類の整備などにより、印章の使用が習慣化してきたことにより印章は庶民にまで普及しました。さまざまな証文に使用される印章は実印と呼ばれ、それに基づいて印鑑帳が作製され、必要に応じて照合できるようにされていました。現在の印鑑登録の原型と言えるものであります。 明治時代に入って、認印、実印が広く用いられるようになり、明治6年7月、太政官布告で「実印」の原則が定まり、登録制度が制定され、同年10月1日より実施されました。これが「10月1日印章の日」の始まりです。明治政府は律令時代の官印の制度を復活させる一方、欧米の習慣に倣って自署(サイン)の制度を導入しようとしましたが、結果的には失敗に終わり、署名よりも印章を重んじる習慣が定着しました。